丹波柏原教会

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・日曜礼拝 
 毎週日曜日午前9時、10時 の2回
 ※ご都合のよい時間におこしください。
・子羊ワーシップ 
 毎週日曜日10時 
 ※子どものための教会学校
・聖書研究祈祷会 
 毎週水曜日13時30分、20時 
 ※2回
・早天祈祷会 
 毎週火曜~土曜 午前6時

教会内の様子
母子室のご紹介
母子室のご紹介

小さなお子さんと保護者の方などが、周囲を気にせずお過ごしいただけます。また、このスペースは、礼拝後のコーヒータイムでも使っています。心が疲れた…と感じられる方にも宿り木となればと思います。

教会内の様子
礼拝堂のご紹介
礼拝堂

毎週日曜日の朝、40名前後の方々が集い礼拝を守っています。とても落ち着く空間です。

2026年6月21日
『生きた神のことば』を伝えるために
『生きた神のことば』を伝えるために

ペテロの手紙第一1章23節、へブル人への手紙4章12節

 2019年12月から2023年5月までのコロナ禍は、人と人のコミュニケーションの在り方を大きく変えてしまったと言われます。顔や表情のわからないままマスク越しに話すことが日常となり、集会を開けばオンライン同時配信することも当然のことのようになりつつあります。
 確認しておきたいことは、「対面式(in person)」のコミュニケーションにまさるものはありませんし、少なくとも人を相手にする教会の福音伝達や献身者の教育は(学校の教育現場も同様では)、オンラインでは決して成しえないのです。なぜなら、主なる神が伝えようとされた愛の福音は、主イエスという人格と肉体をもったお方によってのみ完全に現わされたのであって、その福音に生きる者の隣人との関係もまた人格を持った関係(in person)でなければならないからです。
 他方で、主なる神は「その同じ真理を全部文書に委ねることをよしとされた」ことも事実です。それは「その真理を一層よく保存し広げるためと、教会を肉と腐敗と悪魔や世の敵意に対して一層確立し勝利させまた慰めるため」でした(ウエストミンスター信仰告白)。心と心が直接触れ合うためには、人格的関係によるコミュニケーションにまさるものはありません。しかし、その同じ真理をその場にはいない遠くの人々に伝えるため、そして、すぐに忘れてしまう私たちが繰り返しそこに立ち戻って励ましと慰めを受けるためには、文書(聖書)という形が一層有効だからです。
 今やその聖書でさえ、スマホやタブレットで見る時代です(これにも課題があるようですが)。要するに、伝える手段は何であれ、それを通して心の通う「生きた神のことば」が伝わることが大切だということでしょう。

文責:川原﨑晃

2026年6月14日
信じるとは生きること
信じるとは生きること

『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。』
(聖書:ヨハネの福音書3章16節)

 こんなふうにおっしゃってくださる方があります。「川原﨑さんはいいですね。聖書を単純に信じられて。私はなかなか・・・。どうしたら信じられますか」と。信じるということを、ただ理性を殺して自分に思い込ませる、また一切の疑問を持たないということだと考えておられる方がおられるでしょうか。
 でも、信じるということは、私たちの日常生活の基本にあることです。私たちの日々の生活は、信じ、信じたとおりに行動し、その結果を体験することの繰り返しをしています。信じるということは、特別なことではなく、私たちの生活の全領域に直結していることなのです。
 聖書の約束を信じることも同じです。『御子(イエス・キリスト)を信じる者が・・・永遠のいのちを持つ』とあり、イエス・キリストを自分の救い主として受け入れ、この方によって、尽きることのないいのちが与えられるという約束に生きていくことです。聖書の約束を信じ生きるという人生は、思い込むことでもなく、理性を殺すことでもなく、その約束に乗り込むことなのです。 
信じることは、信じたとおりに生きていくことなのです。
丹波柏原教会 牧師 川原﨑晃

2026年6月7日
人の姿
人の姿

『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。』
 (聖書:ヨハネの福音書3章16節)
 「神さまはあなたを愛しています」。これが、聖書が伝えるあなたへのメッセージです。でも神さまに愛されている私たちの姿は、どういう状態にあるでしょう。
 聖書は、私たち一人ひとりは「滅び」の状態にあると教えています。それは、人生の意味や目的を「失っている」ことです。自分がどこから来て、どこへ向かって行ったらいいのか分からないで「迷っている」ことです。時には、自分を傷つけ、さらに人を傷つけ「壊している」ことです。
 しかし、あなたを愛される神さまは、あなたが「滅び」の状態であることを決して願っておられません。その状態から何とかして救うために、ご自分のひとり子イエス・キリストを遣わしてくださったのです。「御子(イエス)を信じる者が、一人として滅びることなく」とあるように、イエスは、失い、迷い、壊しているような人生から、私たちを新しいいのちへと導いてくださることを約束していらっしゃるのです。
 神の愛は、滅びの状態から、いのちへと導く愛なのです。
丹波柏原教会 牧師 川原﨑晃

2026年5月31日
愛されている
愛されている

『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。』
(聖書:ヨハネの福音書3章16節)
 「神は世を愛された!」 これこそが、あなたに伝えたい最も大切な神さまからのメッセージです。ここでいう「世」とは、私たち一人ひとりのことです。ですから、「世」ということばを「あなたの名前」に置き換えることができるのです。
 私たちは、神さまの愛ということばを聞くと、なんとなく漠然としたイメージを持ってしまうかもしれません。でも、聖書が示している神の愛の姿は、「ひとり子をお与えになるほどの愛」だというのです。これは、最も大切なものを私たち一人ひとりに差し出す愛、ということです。
 神の愛は、私たちを救うために、ご自分のひとり子であるイエス・キリストをこの地上に送り、あなたのために、そのひとり子のいのちさえも惜しまずに、あなたや私の身代わりとして十字架で死なれました。
 神さまの愛は変わることなく、あなたに注がれているのです。
丹波柏原教会 牧師 川原﨑晃

 2026.05.24
「そこに喜びのあしたが」
「そこに喜びのあしたが」

この週も、ホームページを通して、聖書からのメッセージをお届けいたします。あなたの心に、あしたに向かう、生きる勇気と喜びが与えられますように。
 人生には、たくさんの涙を流すときがあります。悲しみの涙、苦しみの涙、挫折の涙、別れの涙、そして、喜びの涙、とさまざまです。
 涙を流したぶんだけ、やさしくなれる、と言われますが、聖書の主人公であるイエス・キリストさまは、『悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるからです』とお語りになりました(聖書:マタイの福音書5章4節)。
 どんなに長いトンネルでも、出口のないトンネルはありません。どんなに暗くても明けない夜はありません。聖書は語っています。『夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある』(詩篇30篇5節)と。イエス・キリストさまが、一緒になって私たちの悲しみを担ってくださるからです。
 「そこに喜びのあしたが!」、あなたの上に豊かにあたえられますように。
丹波柏原教会 牧師 川原﨑晃

2026年6月7日
丹波聖会
丹波聖会

「神さまからの恵みと特権、そして期待!」

2026年5月31日(日)
教会ふれあいまつり
ふれあいまつりイメージ

礼拝後、5月31日(日)11時30分頃より開催します。フランクフルト、焼きそば、デザート、コーヒー、ジュースなどをご用意しています。
どなたでもお気軽にお立ち寄りください。教会への勧誘を行う場ではございませんので、いこいの場としてください。

※上記の画像はイメージです(部屋はもう少し狭いのです ^_^ ")

2026年4月29日(水)
大塚国際美術館日帰りバス旅行
大塚国際美術館バス旅行

大塚国際美術館は、世界の名画を原寸大で体感できる圧倒的なスケールに魅力がありました。
館内を巡るたびに、まるで海外の美術館を旅しているような感覚になりました。
特にシスティーナ礼拝堂の再現空間は、天井や壁一面の絵に囲まれ、息をのむほどの迫力でした。
その場に立つだけで、芸術の力と歴史の重みを深く感じることができました。
心から感動し、忘れられない一日となりました。

2026年5月4日(月)
ホームページを開設しました

丹波柏原教会のホームページを開設いたしました。今後、お知らせなどを掲載してまいります。